【報告】フィリピン・アエタコミュニティへの食糧支援(2021年5月~)

フリー・ザ・チルドレン・ジャパンでは、現地のパートナー団体を通じ、コロナ禍で食糧保障(健康に生きていくために必要な食べ物を手に入れること)が困難になった、フィリピン・アエタコミュニティへの緊急食糧支援事業を昨年に引き続き実施しています。本年1回目の支援事業の様子が現地から届きましたので、ご報告します。

参考:昨年の事業報告

現地事業担当者
マーリーン・カピオ・リヒター

12歳で家を出て路上生活を送っている時に人身売買の被害にあい、外国人観光客相手に性産業で働かされるようになる。15歳で救出され、当団体の現地パートナー団体である「プレダ基金」の支援を受けつつ、過去のつらい体験を乗り越えて学校へ通うようになる。大学で社会福祉士の資格を取り、プレダ基金で性的虐待などを受けた少女たちの社会復帰の手助けをしたり、自らの体験を話す活動家として国際的にスピーチを行ったりしていた。(2016年夏に当団体のゲストスピーカーとして来日講演を行ったこともある)

現在はプレダ基金から独立し、アエタコミュニティへの食糧支援(2020年~)など、活動の幅を拡げている。


現地から届いたダイジェスト動画(30秒、音量注意)

目次

●事業背景①:アエタコミュニティとは
●事業背景②:コロナ禍によるアエタコミュニティの食糧危機
●実施(事業)内容

 

●事業背景①:アエタ民族とは

ルソン島北部の山間に住むフィリピンの先住民族。いつどのようにフィリピンに移住してきたかについてははっきりした記録はありませんが、研究者によるとボルネオ島から2~3万年前に移り住んできたというのが有力な説で、フィリピン諸島に住み始めた最初の民族の一つと言われています。ピナツボ火山の周辺にコミュニティを作り生活していましたが、1991年の同火山の大噴火により多くのアエタ民族が被害を受けました。およそ45万人が家を失ったが、そのほとんどがアエタ民族でした。アエタ民族の中には独自のコミュニティを離れ、山を下り、都市部に住む者も現れています。アエタ民族はジャングルで生き抜く術を持つことで有名な民族であるため、ベトナム戦争に備え、多くのアメリカ軍がアエタ民族から訓練を受けるなどしました。元々住んでいたピナツボ火山周辺地域も、避難先の土地も、農業に不適な不毛の大地と化してしまったことと昨今の気候変動が重なり、アエタの人々は極度の貧困状態に陥ってしまいました。その上、アエタ民族が元々住んでいた土地の所有権が認められないなどの「先住民族に対する人権侵害・支援の遅れ」も重なり、バラバラになったアエタ民族は、いずれも慢性的かつ深刻な貧困状態に置かれています。

 

当団体では長きに渡り、現地パートナー団体と協同して様々な形でアエタコミュニティを支援しています。

フェアトレードマンゴー

※フェアトレードドライマンゴーは、2021年6月現在完売/欠品しております。次回入荷までお待ちください。

スタディツアーでアエタコミュニティを訪問した時の様子(2019年3月)
当団体へ寄付された文房具をアエタコミュニティの子どもたちへ渡した時の様子(2019年3月)

※現在、スタディツアーはコロナ禍のため、当面の間実施を見合わせています。

 

●事業背景②:コロナ禍によるアエタコミュニティの食糧危機

フィリピンの外出制限は「コミュニティ隔離措置」と呼ばれており、ECQ(Enhanced Community Quarantine:強化されたコミュニティ隔離措置、実質的なロックダウン/都市封鎖)>MECQ(Modified Enhanced Community Quarantine:修正を加えた、強化されたコミュニティ隔離措置)>GCQ(General Community Quarantine:一般的なコミュニティ隔離措置)>MGCQ(Modified General Community Quarantine:修正を加えた、一般的なコミュニティ隔離措置)という4段階に分けられています。

 

これらの措置は、
・生活必需品の買い出しなどの必要早急な外出でも、政府が発行する「外出許可証」を携帯しなければ外出不可能(不要不急の外出や・外出許可証を持たずに外出した場合は軍や警察に捕まってしまう)
・「外出許可証」も1世帯あたり1人(世帯主)など、世帯内でも限られた人、一定年齢以上の人にしか発行されない
・州や県、市をまたぐ移動は不可能もしくは曜日限定で許可、またはPCR検査の陰性証明書が必須
・そのPCR検査の費用は自己負担な上に有効期間も2週間程度と短い(何度も何度もPCR検査を受ける経済的、身体的負担が大きい)
・飲食店のみならず、スーパーマーケットなどの日用品を販売するお店や市場でも、営業許可が降りなかったり制限を課されたりしている(学校や企業なども感染拡大が深刻な場合は容赦なく閉鎖される)
など、各地の感染拡大状況に応じて流動的に強化・緩和が繰り返されていますが、いずれも日本の緊急事態宣言よりも遥かに厳しい内容で構成されています。

 

やむを得ない措置とはいえ、コロナ禍前から深刻な貧困状態にあったアエタコミュニティでは、外出制限や職場の閉鎖、市場での農作物の販売許可が降りないといった感染拡大対策によって、人・モノ・お金の流れが滞ってしまったことで収入・仕事を失う人が続出し、食べ物や生活必需品を買うことも困難な状況になっています子どもが多い世帯は特に深刻な状態になっています。

<現地から「困っています!」の声>

コロナの影響で仕事ができなくなったことで、収入がなく困っています!という声がアエタの人々からたくさん聴かれました。その一例を紹介します。

①地元の教育機関で教員をしていましたが、コロナ禍で学校が休校・オンライン化したことで仕事が無くなりました。そこで、自分の土地で収穫した根菜を地元の市場で販売するアルバイトを始めて生計を一時的に維持していましたが、フィリピン国内の新型コロナウイルス感染拡大が深刻になったため、フィリピン政府が(密集対策として)市場の営業活動に制限を課し、市場で根菜を売ることができなくなってしまいました。近くの別の市場で根菜を販売することも検討しましたが、そこは高額な出店料が必要だったため断念せざるを得ませんでした。仕事も根菜を売る場所も無くなってしまったため、収入はゼロになり、根菜も売れぬままフードロスになり、辛い思いをしています

②バナナやタケノコを市場で売っていましたが、コロナ禍で誰もがさらに貧しくなったため、商品の値段を下げて販売せざるを得なくなっています。例えば、タケノコの場合、lコロナ禍以前は1kg200ペソ(約460円)で売っていましたが、コロナ禍以降は3分の1以下の1kg70ペソ(約160円)を下回る価格で販売しても売れ行きは厳しく、収入が大幅に減っています。(1フィリピンペソ=2.3円で換算)

③シングルマザーで子どもが6人います。うち4人は独立しているので、今は2人の子どもと同居し、作物を販売して生計を立てていましたが、コロナ禍で作物を売る場所が無くなったので収入も無くなり、子どもの食事の確保が非常に困難な状態になっています。

④アエタの人々は根菜を育てて売ることで生計を維持してきた人が多いため、コロナ禍でも根菜は自給自足できていますが、とにかく主食となるお米(・麺類)が不足していて困っています

⑤私はコミュニティの評議員(日本の市区町村議会議員に相当)をしているのですが、事務所を建てようとした矢先にコロナ禍になってしまいました。人員・資材などの確保ができなくなり、外出制限で工事そのものもできなくなってしまったので、事務所は未だ一部の壁しかできていません。

●実施(事業)内容

上記で紹介した声を受け、また、貧困に直面し栄養のある食事がとれなくなっている状況にある子どもたちが増えている状況を受けて、2021年5月31日~6月20日まで、週末に5回ほど、ルソン島西部にあるサンバレス州スービック市内で、国際貧困ライン(1日1.9米ドル(約200円))を下回って生活している、アエタコミュニティに暮らす人々に、食糧支援を行いました。

 

ここでは第一回目の約50世帯に対し5月31日に実施した活動を報告します。

事業担当スタッフのマーリーンを中心にボランティア数名のみなさんとともに、麺類・米・野菜(キャベツ・人参・赤パプリカ・ハヤトウリ・カリフラワーなど)・豆類を配布しました。

 

補足:ハヤトウリ/隼人瓜
熱帯アメリカ原産の瓜の仲間。和名は大正時代に海外から隼人(現在の鹿児島県周辺)へ輸入されたことに由来し、現在は主に高知県で「チャーテ」と呼ばれ、親しまれています。

ハヤトウリ

 

配布する食糧調達・準備の様子(2021年5月30日・音量注意)

食糧を配る様子(2021年5月31日)
食糧配布を待つ、アエタコミュニティの人々の列

 

今年もアエタコミュニティの方々からお礼のメッセージをいただきました。

 

●支援・助成

本事業は㈱サックスバーホールディングス様からのご寄付によって実施できました。心から御礼申し上げます。


当団体はこれからも国内外の子どもたちへの経済・食糧/食料支援などを継続して行ってまいります。引き続き、皆さんのご協力・ご支援をお願いいたします。

 

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