二人の姉妹から学ぶ、若きチェンジメーカーをおとながサポートする方法とは?

今年、カナダのWEの支援事業によって、ケニアに新たに開
校した、「ネグロット男子学校」。学校開校のきっかけを作っ

た若きチェンジメーカー、ミッチ・クリウォヴィチについては、

先月ブログでご紹介しました。今回は、ミッチを支えるご家

族へのインタビューをお届けします!(清田)

https://www.we.org/stories/how-to-raise-kind-and-conscious-child/

 

子どもの頃のミッチミッチ・クリウォィヴチの、「なぜ」という問

いは、単純な言葉のあやのレベルを越えていました。まず、

母親は、息子の問いにどう答えればいいか困りました。それ

は、「地域や世界にいる人たちが、なぜ苦しんでいるの?困

っている人を助けるのは誰なの?」そして、これが一番難し

いと思いますが、「僕や、僕たち家族が、世界の問題を解決

できないのはどうしてなの?誰もやらないなら僕たちでやれ

ば良いんじゃないの?」、というものでした。
リンダ・クリウォイヴチは、息子の壮大な問いのどれにも答え

を持っていませんでした。しかし、彼女には、自分の目標に向

かって突き進む家族を、応援してきた経験がありました。つま

り、彼女は、答えを見つけ、目標を達成する方法を心得ていた

のです。
リンダの、人を支えてきた経験の記憶は、リンダがまだ幼かっ

た頃にまでさかのぼります。彼女とその姉、ミシェル・ダグラス

が、まだほんの子供だった時でした。二人は、ガールスカウト

プログラムに参加しました。二人の母親ロレッタは、ボランティ

アリーダーとして、隊員の子どもたちを支えていました「私にと

って、初めてのボランティア体験のようなものでした」と、リンダ

は回想しています。
リンダにとって、ガールスカウトでの活動は、バッジをもらえ

る以上の意味を持っていました。、リンダと姉ミシェルは、目

標達成を目指して活動に励みました。リンダは、幼いながら、

人と共に何かをやり遂げることの大切さを、ガールスカウトを

通じて学んだといいます。
ガールスカウトのように、家族みんなで事に当たるということ

は、お母さんから触発された伝統でしたと、リンダは言います。

大きくなるにつれて、リンダとミシェルは、それぞれ自分自身の

もつ情熱に向かう道を歩むことになりましたが、二人は、いつも

一緒でした。
二人の姉妹は、それぞれユニークなやり方で、人を助ける

活動を続けていくことになります。
姉ミシェルの場合、始めたのは高校卒業後です。カールトン

大学の学生として政治学・法学を学んでいる時期に、大事だ

と思ったことのために立ち上がり、世の中を変えてきた人たち

について学び、自分も世の中を変えていくために立ち上がりた

いという、自分の内なる声に気づいたことを覚えています。
いつものように、彼女を支えたのは、妹のリンダでした。リ

ンダは自分の家族を、お互いに受け入れ、硬い絆で結ばれている表現しています。
リンダの場合、世界を変えるためにアクションを起こすとい

うことに強い興味をいだいたのは、母親になってからでした。

聞きたがり屋の息子と息子の問いから生まれた課題というこ

とで、リンダは、息子の好奇心をうまく先導する機会を作り出

しつつ、自分ももっと学びたいという気にさせられました。

ミッチには、問題を目にした時、現状をそのままにしておく

という選択肢は全くありませんでした。「子どもはおとなより、

現状を受け入れるということに、抵抗感を持っているように思

います。それは、おとなから見ると、危なっかしさを感じる部分

もありますが、そんな子どもの純真さがおとなを熱くするのです

。」と、リンダは言います
リンダは、彼女の息子ミッチに芽生えている社会問題へ

の関心を更に深めさたいと考え、 WE Charity(旧フリー・

ザ・チルドレンカナダ)の理事を務めていた、姉のミシェル

を頼りました。ミッチが9歳の時、リンダは3人でケニアに

飛びました。地球に住む一員として生きていくとはどうい

うことなのかを体感するために、WEのスタディーツアーに

参加したのです。

 

 

これは、彼らにとって、次の10年の生き方を方向付けるこ

とになったと思います。未来に向けたアクションを起こすき

っかけを見つけるこの旅から、ミッチは、ケニアでの男子校

建設を目指すプロジェクト・ジェンガに打ち込むようになった

のです。リンダとミシェルも、ミッチを支えるために、未知なる

世界へ飛び込もうとしていました。三人は、ケニアでの男子校

建設という、航海に向かいだしたのです。
「本当にお母さんのお陰で、普段の自分が暮らす世界とは

違った場所に生きる人達がいる、違う世界を見ることができ

ました。そんな世界を見せてくれたことにとても感謝していま

す。そのことは、本当に、自分の生き方を変え、また、新しい

考え方を与えてくれました。」と、ミッチは、WEとのインタビュ

ーで私たちに話してくれました。
航海の船上では、ミッチが船長でしたが、母親リンダも同乗

し、多くの人にプロジェクトへの支援を呼びかけました。「私

は、多くの人達がこのプロジェクトに関わりたいと思うだろう

と確信していました。そういう人達は、私が声を上げて、『み

なさーん、ぜひ協力して下さい!!』と声高に叫ぶ姿が良く

見えていたことでしょう。私が、いつも何か頼みたがっている

ということを、その人達は知っていますからね」と、リンダは笑

いながら言います。
リンダの努力は報われました。彼女はミッチのプロジェクト

を支える多くの家族や個人のネットワークを作り上げました。

プロジェクトの規模が大きくなると、リンダが築いたネットワー

クは、ミッチの家族が、ケニアでの学校開校のための資金集

めで、100万ドルという高額な資金を集める際にも、とても大

きな助けとなりました。
叔母のミシェルも、WEがミッチの目標達成に向けてどんなサポートができるか、目標達成のためにやるべき事は何

かについて、ミッチに説明し、アドバイスしてきました。「何年にもわたって、ミシェルは、いつも私たちのイベントに参

加し、そのたびにたくさんの人々を連れてきて、本当にチームの助けになってくれました」と、ミッチは感慨深げに語

ります。
プロジェクト・ジェンガは時に厳しい時期に直面したこともあ

り、プロジェクトのための資金集めは、ほとんど不可能かと

思えました。でも、ミッチ、リンダ、ミシェルは、その過程で、

一家として結束を保ち、ますます緊密になっていきました。

「私たちの結束は、世界にとって良いことをしているのだ

という意識の共有と、共にこのプロジェクトに取り組んでき

たことを通じて、年々深まりましたと」ミッチは強調します。
男子校での授業は、1月12日に始まりました。子どもの時、

初めて思いついたミッチの夢は、ケニア農村部に暮らす青少

年たちが、新たな機会をつかむ一つの好機になりました。
「私がミッチから学んだことは、ただ様子を見ているだけ

でも、自分と同年代や年長の人達からだけでなく、もっと

若い人達からも、たくさんのことを学ぶことができるという

ことです」と、ミシェルは言います。
カナダ人のチェンジメーカー、リンダとミシェルは、ミッチが

頼りにする2本柱です。2人に共通する、変化を起こしたいと

いう意欲、達成しようという決意や関わろうという熱意から学

ぶことで、ミッチは2人と自分の成功を共有し、リンダとミシェ

ルもミッチの成功を共に味わったのです。
皆さんの家族の中に芽生えたチェンジメーカーが、その目

標を達成するには、どう支援するべきかということをもっと

知るには、以下に目を通してみて下さい

問題意識を持った子供を育てるための、リンダとミシェル

の5つのヒント。
1.問題意識を持つための教材は、日々の生活の中にある
「ミッチが幼い頃は、何か不都合なことがあれば、私たち

は悪いところを正したり、日常生活の中での事例を引き合

いに、人々をどう助けるかをミッチに教えました。食品の買

い物をしている時でも、保存食品や加工食品の寄付を募る

運動のためのバッグがあれば、私たちは、いつもそのバッ

グを一杯にするようにし、事情を説明するようにしました。

結局、何もしないよりはましですから」と、リンダは言いま

す。
2.脇役に徹する。
リンダは、息子に自分自身のプロジェクトに関する指揮権

を持たせました。「私が自分の役割として望んだのは、息子

にはっぱをかける存在でいるということです。プロジェクトの

主役は息子であり、私は、脇役に過ぎないのです。私は、支

援することに喜びを感じています。」
3.地域を巻き込む
地元オタワでのネットワークの支援がなければ、ミッチの

プロジェクトは実現不可能だったでしょう。[彼らは、プロジ

ェクト成功の主因でした]と、リンダは述べます。彼らはみ

んな、地元内外の人たちに、プロジェクトへの支援を呼び

かけてくれました。プロジェクト・ジェンガはみんなの努力

の結集でした。リンダは、プロジェクトについて知らせるよ

う呼びかけたり、プロジェクトの資金集めのためのイベント

の開催を、地域の子どもたちの親御さんにお願いしたりし

ました。ミシェルは、WE Charityを通じて賛同者を募りました。
4.粘り強く継続する。
プロジェクト・ジェンガが、校舎一棟の改修から新しく何棟

かの校舎を建てるという方向に変わると、資金集めの目

標額は、25万ドルから100万ドルになりました。こうなっ

ても、みんなはあきらめませんでした。みんなは、さらに

熱心に活動しました。「私たちは、活動を始めた際には、

何をするのかという特段のアイデアは持ち合わせていま

せんでした。振り返ってみると、それは実に大仕事でした

が、それに注いだ時間を上回る価値があった」ということ

が分かります。」
5.できることを、できるところで、できる時にやる。
ミシェルは、こう言っています。「皆さんは、アクションを起

こそうとして、世界中を回る必要はありませんし、若いうちに

始めなければ、ということもありません。活動している人達の

中には、遅咲きの人もいます。あなたの周りで何かを変える

運動に加わろうと決心するのに遅すぎることは、決してありま

せん」。これにリンダが、次のように付け加えます。「皆さんが

、異なる社会、つまり自分たちの外の社会に出ていくことで、

本当に多様な視点が得られます。」

参考リンク
ミッチ・クリウォヴィチを紹介した過去の記事

ケニアに誕生した新しい男子校。その学校誕生のきっかけを作ったのは、12歳の少年だった!

 

https://ftcj.org/archives/10452

(原文記事執筆:サラ・フォックス  翻訳:翻訳チーム 山下正隆  文責:清田健介)