「どうすれば良いの?」:インドで児童労働に遭遇し、葛藤を抱えたジャーナリストの手記
今回の「世界のWEニュース」では、WEでアソシエイトディレ
クターを務めるジャーナリストの手記を紹介します。
https://www.we.org/stories/fight-flight-face-face-child-labour-india/
インド、ウダイプルの旧市街―アツアツのジャレビ(訳注:小
麦粉と水をこねてプレッツェル状にし、油で揚げシロップ漬け
にしたもの)の屋台を通り過ぎ、装飾をつけた牛をよけながら
石畳の路地を歩いていて、ある光景を目にしたとき、私は足を
止めました。児童労働を目の当たりにしたとき、あなたならどう
しますか?
私は今、旧市街のある狭い路地に立っています。たき火や
脂っこい屋台めし、甘いジャレビやスパイシーなベルプリ(
訳注:インドの屋台めしの一種で辛みをきかせた軽食)の
匂いがしています。路上では荷運びのロバ、モペッド(訳
注:エンジン付き自転車)、野犬、ひっきりなしにクラクショ
ンを鳴らすトゥクトゥクが次から次に通り過ぎていきます。
両側には小さな露店が並び、天幕から垂れ下がる柄入り
のショールと風に揺れる暖簾が通りを縁取っています。寺
院の壁に描かれた、色あせたヒンドゥー教の神々が旅行
者を歓迎してくれます。
私にとって今回が初めてのインド訪問です。既に数日間滞
在していましたが、街中を散策するのはこのウダイプルが
初めてです。農村で過ごした週は、スタディーツアーの参
加者のみなさんと一緒で、地元の女性たちとチャパティを
作ったりしました。女性たちは私たちの力作(は出来が良
くなかったようで…)に、まるで「これどうしよう?」と子ども
たちに言わんばかりのしぐさで、やんわりとダメ出しされて
しまいました。開放的な空間、アラーヴァリー山脈のふもと
でのハイキング、日の出を見ながらの早朝ヨガ、熱いチャイ
(訳注:インドのミルクティー)の香り、キャンプサイト近くの静
かな池の風景に、私はだんだんとなじんでいきました。
それに比べると、慣れない街中では、牛に近寄らないように
したり、運転手を探すのに首を目いっぱい伸ばしたり、もっと
ピリピリするはずですが、私は目の前の光景にくぎ付けにな
って立ちすくみました。二人の女性が、竹で組まれた足場の
下で作業をしています。彼女たちは「マサラ」を混ぜています。
この「マサラ」という言葉は、西洋では「紅茶」という意味で誤用
されることがありますが、ヒンドゥー語ではより広い用途で「混ぜ
合わせたもの」を意味すると聞いています。なのでこの建設現場
での「マサラ」は、レンガを積み上げるのに使用するセメント、泥、
土を混ぜ合わせたもの、という意味です。
その女性は腰をかがめ、原料を小さな火山状にして真ん中
の穴に水を注ぎ、パスタ生地をこねるように端から内側に力
強く練っていきます。道具を使ってはいるものの、骨の折れ
る作業です。全身を使い、道具を斧のように頭の上に振り上
げてから十分勢いをつけて振り下ろし、壁を作るためのレン
ガを固定させるのに適切な硬さになるまで水分を含んだコン
クリートを押したり引いたりして練らなければなりません。
なぜ詳しいかというと、このスタディーツアーで経験したから
です。街に来る前、ラジャスタン州にある農村アントリのとあ
る小学校で、WEヴィレッジの活動の一環として、教室の増築
を少数のボランティアメンバーでお手伝いしました。自分で混
ぜ合わせてペースト状にした灰色のマサラでレンガの層を積
み上げ壁にしていく作業は非常にやりがいがありました。
現場監督は英語を話されない現地の方なので「うまくできて
いますか?Thik hai?」と現地の言葉で聞いてみました。
出来がよかったかどうかは教えてもらえませんでしたが、自
分の並べたレンガがまっすぐになっているかどうか時々調整
しながら見て回りました。
その朝、ウダイプルに向けて出発したのですが、そのときは
WEのグループから離れることに不安を抱いていました。でも
インドの最貧地域では、人々を階層に縛り付けている厳しい
カースト制度があり、子どもに結婚や児童労働を強制するケ
ースは非常に多いです。それについて自分の眼で見てこよう
と自分自身を奮い立たせました。もう私はうぶな旅行者では
ありませんでした。週5インドカレーでも平気でしたし、あと、ヒ
ンドゥー語で5まで数えられました。もう覚悟はできていました。
初めはその女の子に気づいていませんでした。
彼女は小さく、カナダでいえば健康な4歳児くらいの体格
でしたが、栄養失調や発育不全を考えれば、8歳くらいだ
ったかもしれません。彼女の浅黒い肌は泥や白いセメント
粉で白く汚れ、彼女の着ているサリーからたまにのぞく肌
にもその汚れが点々と付着していました。間に合わせのピ
ンク色のサリーは太陽の日差しから守るためのものですが、
ここの日差しは冬でも強烈です。
マサラを入れた底浅で直径の大きなボウルを彼女が器用
に頭に載せ、頭の上でしっかり支えながら後ろに見える階
段を上がって建設中の建物内に入っていくのを見ていまし
た。中にまだ壁を作らなければならないのでしょう。彼女の
身のこなしに子どもらしさはありません。まるでおとなのよう
に、自分の置かれた状況を受け入れ、その歩く姿には芯の
強さを感じましたが疲れ切った様子も見えました。
私はこのとき誰かに叫ぶか(でも誰に?)、彼女を抱き上げ、
どこかに連れ去りたい思いに駆られました(母親から引き離し
て?カナダへ連れて帰る?でもそれからどうするの?)。それ
は彼女に対する場当たり的な感情だったと言ってもいいでしょう。
通りを歩く商売人、旅行者、交換留学生、手のかかる子ど
もたちを引っ張っていく女性たち…誰一人として、その光景
に歩みを止める人はいません。一瞬、誰も立ち止まらない
ことを気がかりに思いました。でもなぜ誰も立ち止まらない
のかは分かっています。
その女の子を救い出すという私の妄想は、まったく理性的で
はありません。問題はその女の子を救うことよりもずっと根深
く、他を解決しないことにはその子は救われません。子どもが
子どもらしくいられるためには、結局のところ、カースト制度な
ど構造的な問題に立ち向かわなくてはなりません。
その数日前、私はWEヴィレッジのパートナーコミュニティー
であるカルタナ村で、新しい教室のオープンセレモニーを見
てきました。そこでの子どもたちは歓声を上げ、興奮を抑え
きれない様子で、子どもらしく、お祝いに飾られた風船を割
ったり机の間を駆けまわったりしていました。
年内にはアントリの教室もオープンし、さらに多くの子どもた
ちが児童労働に従事するのではなく、学校の生徒になること
でしょう。
私は街の雑踏に戻ろうと、再び歩き続けました。
(原文記事執筆: ケイティー・ヘウィット 翻訳:翻訳チーム 山本晶子 文責:清田健介)