[共感によって切り開かれた私の人生」: ジャーナリスト、アン・カリーのスピーチ全訳
今回は、戦場や被災地など、さまざま現場を取材してきたアメリカ人ジャーナリスト、アン・カリーのWE Dayでのスピ
ーチをご紹介します!(清田)
みなさん、こんにちは!今日はみなさんに、私がかつて学校で経験したことをお話できればと思っています。
その時、私は学校の先生から、第二次世界大戦中にユダヤ人の人に対して行われた虐殺行為、ホロコーストについての話を聞いていました。
その時、私の心の中が、ホロコーストで苦しんだ人たちの悲しみや苦しみへの共感であふれていました。
誰かの痛み、あるいは苦しみに対して、これほど強い共感の気持ちを持ったのは初めてのことでした。
この時に抱いた共感は、いまでも私の心の中で湧き上り続けています。
その気持ちと向き合おうと決めたことが、私の人生の行く末を決定づけることになりました。
その時から、私の人生は、人のために立ち上がることのできる、善き人になるための道を探す旅となったのです。
私の秘密をみなさんに教えます。それは、私がこれまでジャーナリストとしてやってきた仕事の全てが、私の想いを実践する過程となっていたということです。
私が伝えることで、少なくとも世界の人たちは真実を知ることができる。
そうすれば、ホロコーストの人たちのように、沈黙に苦しむことはありません。
少しでも多くの人たちを沈黙から解放していきたい、私はそう思ってこの仕事をしてきました。
以前、ホロコーストの生存者であるエリ・ヴィーゼルにインタビューをしたことがあります。
彼は、収容所で亡くなったユダヤ人たちの声を代弁する存在となっていました。
アウシュヴィッに収容された時、彼は15歳でした。
私はヴィーゼルに、『なぜダルフールでの大虐殺を公然と非難する活動を行っているのですか?』と尋ねました。
すると、『私たちがそういう状況だった時、誰にも助けてもらえませんでしたからね。』と彼は言ったのです。
その言葉から、私は、『苦しみの当事者になるということは、その後の苦しみからは一切解放される特権を与えられるということではない』ということを学びました。
むしろ、その苦しみを抱えて生きていかなければならないという現実があるのだということを学んだのです。
その苦しみを抱えながらもできること、それはさらなる苦しみをこの世に産ませないということです。
それは、今を生きる私たちにも課せられた道義的責任です。その道義的責任に突き動かされた人たちが、沈黙を選ばずに立ち上がってきたことで、いつの時代も世界を変えてきたのです。
(奴隷解放運動に尽力した)ハリエット・タブマン、マハトマ・ガンディー、(ナチスと闘ったポーランド人) ヴィトルト・ピレツキ、(ジャーナリストの) ルース・グルーバー、マーティン・ルーサー・キング、ネルソン・マンデラ、そしてマザー・テレサ、彼らはみんな、立ち上がったのです。
今ここに挙げた名前を知らない人もいるかもしれませんが今挙げた人たちは、検索すれば一瞬で情報が出てくる人たちばかりです。
ですが、世界には数えきれないほど、他者のために立ち上がっている大勢の人たちがいます。検索しても情報は出てこないかもしれませんが、大小問わず多くの人たちが日々変化を起こしています。
私のプロデューサ、私自身、そしてみなさんもその一人なのです。
みなさんが日々抱いている共感こそが、みなさんの羅針盤となり、想像もつかないような人生へと導いてくれるでしょう。
私自身が、そのようにこれまでの人生を導かれてきました。そんな風に歩んできた私のこれまでの人生に、悔いはありませ
ん。さあ、次はみなさんがそれをつかみに行く番ですよ!