フェイクニュースから民主主義を守るためにできること

10月21日に総選挙が行われるカナダ。選挙期間中のフェイクニュースの拡散も懸念されています。

ジャーナリストのピーター・マンスブリッジは、WE Day トロントで、メディアリテラシーの重要性を訴えました。

 

https://www.we.org/en-CA/we-stories/we-day/peter-mansbridge-debunks-fake-news-we-day-toronto

 

 

 

 

 

 

 

30年間、カナダのお茶の間ではピーター・マンスブリッジの声が響き渡っていました。

カナダの公共放送CBCの報道部でチーフ・コレスポンデントを務め、ニュース番組、「ザ・ナショナル」のアンカーとして、カナダで最も信頼できる情報を発信するジャーナリストとしての地位を確立していきました。

2017年の7月1日を持ってアンカーを引退したとき、それはカナダの報道業界にとってひとつの時代の終わりを象徴するモノとなりました。

しかし、ちょうどその頃からフェイクニュースが世の中にはびこるようになり、報道業界は新たな激動の時代を迎えました。

 

引退から2年が経ち、71歳となったいまでも、マンスブリッジはカナダ国民に信頼できる情報と真実を伝えるジャーナリストであり続けています。

WE Day トロントでマンスブリッジのスピーチを聞いた人は誰もがそう感じたはずです。

16,000 人の若者を前にスピーチを行う前に私がマンスブリッジにインタビューした際に感じたのは、 マンスブリッジのメディアリテラシー教育への強い情熱でした。「若い人たちに分かってもらいたいことは、メディアというのは情報を得ることができるツールであり、世界の在りようを知ることができる手がかりになるということです。」

 

マンスブリッジが、メディアと出逢ったのはまだ十代のときでした。空港で働いていた19歳の頃、搭乗お知らせののアナウンスを担当したとき、その声がCBCのローカルラジオ局の幹部職員の耳に留まりました。

マンスブリッジは、空港の初対面の利用客から突然声をかけられ、深夜の音楽番組のパーソナリティーをやってみないかという誘いを受けます。

その出逢いがきっかけとなり、カナダのメディア界で輝かしい業績を残したのはみなさんもご承知の通りです。

 

ジャーナリストとして半世紀以上活躍してきたマンスブリッジですが、そんな経歴が全く当てにならないほど、この数年でメディアが大きく変わったということを率直に認めています。

メディアのデジタル化はどんどん進んでいます。既存の新聞を手に取って読む人は少なくなり、ネットニュースやSNSで記事を読む人が増えました。

しかし、マンスブリッジが頭を悩ませているのは媒体が変化したことではなく、その中身についてです。

マンスブリッジは、スマートフォンで記事を熱心に読む若い人たちは、ニュースを読み世界を知るというと知的な行為をしている訳ではなく、自分たちの知りたい情報だけを見て、ニュースをただ単に消費するだけになってしまっていると感じています。「民主主義社会の主権者というのは、自分たちの住む地域や国に関して、自分たちが共有している情報や認識を基に、投票を通じて決断を下すことを期待されています。ですので、偏った話題にいての情報ばかり見ていると、主権者として必要な知識を得ることができません。善き主権者が身につけるべきなのは、偏った知識ではなく幅広い知識です。」マンスブリッジは力説します。

 

「偏りのある知識が、偏りのある世界観の形成に直結する」この危機感が、このジャーナリストを突き動かしているのです。

この危機感は、投票の重要性を訴えたマンスブリッジの WE Dayでのスピーチにも表れていました。

 

WE Dayの参加者は、アクションを起こすことの大切さを理解していますが、参加者の多くは、投票権を得る年齢に達していません。

2015年のカナダの総選挙では、55歳から64歳の有権者の内73パーセントが投票に行ったのに対して、18歳から24歳の有権者の投票率は52パーセントに過ぎませんでした。

マンスブリッジは、WE Dayに参加した若者たちなどが将来投票に行くことで、投票率が改善し、変革がもたらされることを期待しています。

 

一見楽観的にも思えるマンスブリッジの考え方ですが、ベテランのジャーナリストですから、政治の裏も表も理解しており、カナダの政界が抱える問題点も理解しています。

「私も長年ジャーナリストをしているのでよく分かるのですが、政治家というのは、基本的に信用できません。彼らは常に嘘をついています。しかし、そんな政治家たちが恥じることなく大きな顔をしているのは、ほかならぬ私たちが投票で選んだからであるということも、また厳然たる事実なのです。投票というのは、それだけ強大な影響力を行使できる行為なのです。」

そう語るマンスブリッジが重要だと考えているのが、「主権者として必要な知識を得たうえでの投票行為」です。

「選挙の争点、候補者や各党の政策を調べもせずに投票するというのは、主権者としての責務を放棄した全く意味の無い行為です。」マンスブリッジはそう主張します。

 

若者とメディアの関係をギクシャクさせているモノは何でしょう?それは、テクノロジーの発達による人間の変化です。

 

2015年のマイクロソフトの研究によると、2000年のIT革命以降、若者の瞬時の集中力の持続時間は12秒間から8秒間に低下しています。

もう少しイメージしやすいように話をすると金魚の集中力の持続時間は8秒間です。

「今の若い人たちは指一本で情報を手に入れられます。人類史上最も多くの情報を持っていると言っても良い。しかし、それでも中身のある情報を読まないのであれば、いくら情報量があっても全く好ましいことではありません。」マンスブリッジは言います。

しかし、頭では情報を見極めることが大事と分かっていても、それを実践するのは難しいということも確かでしょう。

 

マンスブリッジは、フェイクニュースを読むという行為は、高価そうに見えるモノを、ものすごく安い値段で買うことができたときと似たような、(得をしたように感じるけどどこか空虚な)高揚感を味わうことができるのだろうという風に捉えています。

「上手すぎる話には裏がある」ということです。

様々な観点からニュースをバランス良く読み、偏向しているような記事や、怒りを煽っているだけのような記事は、疑ってかかった方がいいとマンスブリッジは考えています。

 

さらに、マンスブリッジは踏み込みます。

「もちろん、ただのふざけた記事もあるでしょう。しかし、国内外の権力者や企業が、明確な思惑の下で、意図的に嘘の情報を流し、読者の意見を誘導しようとしているときもあります。」

 

ニュースのスタジオであろうが、WE Dayのステージであろうが、マンスブリッジの「カナダ人に真実を伝えるという使命は、1968年に空港で搭乗のアナウンスをしたときから変わっていません。

そんなマンスブリッジが、WE Dayで伝えたことは、「勤勉な市民であれ」ということでした。

 

 

マンスブリッジのWE Dayでのスピーチ抜粋

 

絶対にやってはいけないのは、「なんとなく投票する」ということです。

争点や候補者をしっかり勉強して、誰に議員になってもらいたいかを決めて下さい。
ここにいる多くの皆さんが、18歳に達しようとしているかと思います。みなさんの世代は、大きな変化を起こせるのです。

民主主義の在りようを変えることができるのです。

この半世紀、投票率は下がり続けてきました。それは誇らしいことでもなんでもなく、全く良いことではありません。

逆にいえば、みなさんの世代が投票に行くということは、投票率の低下を食いとめ、民主主義社会の本来あるべき姿を取り戻す絶好の機会なのです。

(原文記事執筆: ゾーイ・デマルコ)