29年の生涯を生きた女性が遺した希望
29歳という年齢で自ら命を絶ったエリカ・エルキントン。エリカの遺族はいま、彼女が遺したモノをカナダ中の若者へ伝えています。(清田)
https://www.we.org/stories/erikas-legacy-hope/
1985年9月6日、カナダのノバ・スコシア州にあるヤーマスという町に、エリカ・ニコール・エルキントンは生まれました。
三人兄弟の長女で、水泳や漕艇の種目に強いトップクラスのトライアスロン選手でもありました。彼女が何よりも大好きだったのは、旅行とその道中で何か新しいことを知ることで、29歳になるまでに20カ国以上の国を訪れ、3つの学位も取得し、5カ国語を話せました。
しかし、2015年8月6日、30歳の誕生日の一カ月前に、エリカ・ニコール・エルキントンは自殺で亡くなりました。
彼女の死は衝撃的で、エリカの家族や友人たちには理解しがたいものでした。
「私たち家族は、まさかこんなことが起こるだなんて思っていなかったのでね」と母のサブリナ・エルキントンは語ります。
「今となっては後からふりかえってわかったことがあって、彼女の生涯をさかのぼってみると、助けを求めた小さな叫びがあったかもしれません」
エリカが亡くなる以前に、家族は自殺した5人の人たちとの死別を経験していましたが、その人たちの葬式のとき、誰も故人に何があったのか話そうとしませんでした。
しかし、エリカの家族は、亡くなった彼女の生き様を公でたたえようと決めたのです。
その生き様とは、彼女の信条であった3つの言葉、忍耐、情熱、誠実というものです。
そこで、2015年8月19日に開いたエリカの生涯を祝う会の最中、彼女が生涯を終えることとなった状況について、家族は沈黙を破ることにしました。
「誰かが自殺で亡くなると、誰もそのことについて語らないというのが実情で、みなさんただ隠してしまいます」と父のビル・エルキントンは語ります。
「私たち家族はそうした状況を変えていき、みなさんがもっとこの問題について、対話ができる状態をつくりたいと思いました。社会の偏見を払拭することが重要だと思いました。」
その祝う会の中で、ビルはちょっとしたプレゼンテーションを行い、1,200人の各出席者に対して、自傷行為をしようと考えたことがあるか、家に帰って自分の大切な人たちに聞いてみるよう求めました。
それから数カ月後、20人の人たちから回答がありました。その人たちはその質問を投げかけ、日ごろ関わりのある何人もの人たちが、自傷を考えるような危機的な状況にあることを知ったのです。
さて、次はどうしたらいいのでしょうか?
エルキントン一家にとって、「今、自分たちはどうしたらいいのか」という問いかけが行動を起こすきっかけとなりました。
翌年、家族はエリカ・レガシー財団を設立しました。こころの健康のための全く新しいアプローチについての研究を支援する団体です。
家族が最初に知ったことの一つが、精神疾患による影響を受けている人たちが、予想以上に多いということでした。
トロントにある、依存症・精神疾患センター(以下、CAMH: the Centre for Addiction and Mental Health)によると、毎年、5人に1人のカナダ人が、うつ病や不安障害から薬物依存まで多岐に渡る病状のどれかを経験しており、そうした病状は、精神状態や思考、行動に影響を及ぼしています。
こうした問題のほとんどは、幼少期または思春期から始まります。
15歳から24歳までの若者は、このような問題に直面している比率が他のどの世代よりも高いのです。
しかし、こころの問題に苦しんでいる若者たちの多くは、偏見を恐れて、そのことをオープンに話していません。
カナダにおいては、2016年に実施したCAMHによる世論調査の回答者のうち40%が、不安感またはうつ状態を経験しているけれど、いままで助けを求めたことがないと回答しました。
こうした抵抗感が、悲劇的な結末を招きかねないのです。カナダでは、15歳から24歳における死亡原因の第2位が自殺で、事故に次いで高い割合です。
そうした事例の中には、向上心が強い完璧主義者の人たちが含まれており、エリカのように人気者で、聡明で、運動神経も良いという外見とは裏腹に、うつ状態になったり絶えず自己批判的であったりもするのです。
「私たち家族は、娘がどれだけのことを成し遂げたかと思うと、とても誇らしく思いました」とサブリナは語ります。
「でも、彼女がそういう状態では無い時も、私たち家族は変わらず彼女を誇りに思っていました。ただ彼女の中で、満足できていなかったのです」
若いうちにこころとの向き合い方を学ぶことは、人生の方向性に変化を与える可能性があるのです。
そういうわけで、2018年に、エリカ・レガシー財団はWE(フリー・ザ・チルドレン、現:WE Charity Foundation)と協働して、WEウェルビーイングというプログラムの構想作りに加わりました。
これは、カナダ全土の学校や家庭と連携し、精神疾患のへの偏見を減らしたり、若者たちが自己肯定感を向上させ、安心できて思いやりのある人間関係を育むために必要な方法を教えたりするプログラムです。
エルキントン一家は、WEスクールプログラム(日本国内では「FTCチェンジメーカー教育プログラム」として当団体が輸入・日本向けにアレンジしたものを展開)に関わる430万人以上の若者たち、そこには1万6000以上の学校や団体が含まれますが、そういった若者たちに救いの手を差し伸べることによって、彼らが自分たち心身の健康状態を総合的に把握し、管理できるようにするスキルと習慣を広めたいと思っています。
このように、遺族の活動によって、エリカの身に起きたことが他の人たちに起きないよう防げるのかもしれません。
「私たち家族は、人が互いに理解し支え合うことができるよう、現状を変えていきたいと思っています」とビルは語ります。
「それができれば、地域社会はもっと豊かで安心できる場所となり、そして、私たちが経験したような悲劇もぐっと減るかもしれません。
(原文記事執筆:チネロ・オンウアル 翻訳:翻訳チーム 東暁子 文責:清田健介)