ハイチの知られざる物語

先週、アーシーン・メテルスの顔をテレビで見た人はいないでしょう。しかし、ここにはみなさんの知らない一つの物語があります。

 

あの地震がハイチを襲ってからちょうど2年が経った日、メディアは最低限のことしか報道しませんでした。彼らが報道したのは、ポルトープランスの周りにいまだ広がる大規模なテント村、遅々として進まない再建、使われた義援金やまだ届いていない義援金のことだけでした。

 
メディアは、メテルス一家のように、家を失いハイチの農村地帯にちらばったままの何十万もの忘れ去られた被災者たちのことは報道しませんでした。

55歳のメテルスは、人生を一からやり直さなければなりませんでした。彼女にとって人生をやり直すのは初めてのことでありませんでした。10年前、彼女はハイチの北側にあるカパイシャンという町で学校の料理人として働いていましたが、家族とともにポルトープランスに移るために仕事を辞めたのです。

「私は、国内最大の都市に行くことでしか私の生活はよくならないと悟ったのです。」

 ハイチの首都で成功することを決意し、メテルスは街頭で子ども服と靴を売る仕事を始めました。

2010年1月12日、メテルスと長女のマグダはポルトープランスの通りで商品を売っていました。メテルスの他の4人の子どもと2人の孫は学校へ行っていて、夫は仕事に出ていました。

その時、地面が上下に動き始め、建物が倒れました。メテルスは飛んできたコンクリートの破片で胸を打ち、怪我をしました。粉塵がおさまった時、家族は再会することができました。父親を除いて。彼はその後見つかっていません。おそらく瓦礫の中に永遠に埋もれてしまったのでしょう。

メテルス一家の家は瓦礫の山になっていました。他の多くの人たちと同じように、一家は着の身着のまま路上生活をすることになりました。数週間後、少しの援助を受けて一家は町を出ました。

国連の推定によると、約60万人もの人々がこの災害の影響でポルトープランスから移動したとみられます。災害の影響を受けなかった町に住む親せきを頼る人々もいれば、ただ農地や小さな村にテントを張って暮らす人々もいました。頼る親戚のいなかったメテルス一家を待っていたのはテント生活でした。

 中央ハイチの農村パンディアス地区に到着するとメテルスは怪我の治療を受け、一家は国際援助機関から住まいや食料を与えられました。それは、一家が唯一受けることのできた支援でした。パンディアス地区は農業地帯で、一家には農業の経験はなく、生計を立てる方法はありませんでした。

半年後、彼らの悲惨な状況を知った別の組織が、アンシュという小さな町のそばの部屋の家賃を1年間払うことを申し出てくれました。それでもなお、一家には収入を得るすべがなく、地域からの援助に頼っていました。

地震後のハイチの農村を襲った都市難民の波は、すでに貧困で苦しんでいたアンシュのような町に深刻な負担をかけました。

「彼らはほとんど何も持たない状態でやってきます。食料や寝る場所、衣類などの不足も深刻化しています。パンディアス地区長のジェノルド・マシューは私たちのチームに話してくれました。

「ですからよりいっそう飢えと不幸が蔓延しました。」

マシューが住む小さな農村地区だけでも6000人近い都市からの避難民を受け入れていました。

それにもかかわらず、地域の人々は災害の被害者をできる限り支援することを快く受け入れてきたとマシューは言います。

「このような状況下では、誰もが助けたいと思っているのです。」

国勢調査や追跡調査のデータはないが、ポルトープランスを逃れた人々の半数近くは現在街に戻っていると考えられています。他の多くの人々は、メテルスのように、新たに住むことになった地域に自分たちの未来を見出しています。

「私たちにはポルトープランスにもカパイシャンにも家はありません。」メテルスは言います。「また一からやり直すのは無理ですし、ここで友人もでき始めています。」

 5人の子どものうち4人は現在アンシュの学校に通っています。残念ながら娘のマリーンは高校に通い続けることができませんでした。一家には彼女を高校に行かせる余裕はなかったのです。

メテルスが新しい家で仕事を再開させている間、カナダ人のグループが一家の住む家の家賃を半分支払ってくれています。彼女は毎日、陳列された子ども服や靴に囲まれて座っています。

「私はアンシュが好きですし、ここに住むことは私たち一家にとって良いことだと思っています。物価も安いし、他の町より平和ですしね。」メテルスは言います。「私は、アンシュに住むためにできることをすべてするつもりでいます。」

当分は、メテルス一家は他の人や組織に頼らずに自立することを目標にしています。しかしながら、彼らの物語は、新しい家で未来と希望に満ちたハッピーエンディングへと向かっています。

しかし、いまだにハイチの農村や農地にテントをはって暮らしている無数の家族は、忘れられている限り、彼らの物語が語られない限り、ハッピーエンディングを迎えることはできません。

2012年1月16日

 クレイグ&マーク・キールバーガー

翻訳:翻訳チーム佐藤茜さん

原文:http://www.weday.com/learn/globalvoices/215