若者たちの人生の新たな幕を開けた、華麗なるステージ
ケニアの高校で新任の教師が立ち上げた演劇プログラム。このプログラムを通じた生徒たちの成長の記録を、余すことなくご紹介します。(清田)
https://www.we.org/en-CA/we-stories/global-development/school-theater-program-builds-confidence
これは1人の教師が思い切って生徒たちの視野を広げようと奮闘し、演劇の力により生徒たちが成長を遂げた真実のお話しです。
このお話しの主人公はケニアに住む若い女性たち。彼女たちは故郷の村から光り輝くスポットライトのある舞台へ一歩を踏み入れました。
思いの丈を吐き出そうという気持ちのある生徒たちがいるのならどの教室であっても演劇は簡単にできます。
これは四幕からなるお話しです。
第一幕:挑戦
きれいに拭かれた黒板を背にし、真っ白なノートを透き通った瞳でじっと見つめるのはキャロライン・マケナ・キニュア。
彼女にとって今日は教師として教壇に立つ初めての日です。
キニュアは初任校であるキサルニ高校に足を下ろしました。
WE(フリー・ザ・チルドレン)の支援により賞を与えられたキサルニ高校は、校舎がマサイ・マラの端に位置するケニアのナロク郡に建てられました。
キニュアにとってここでの経験が彼女の生涯に渡り力を注ぐことになることになるなんて、その時は夢にも思いませんでした。
メル郡にあるケニア山の丘にある村で育ったキニュア。
見渡す限りの茶畑に囲まれ、幼少時代を過ごしました。彼女の両親は農家だけでなく教師の仕事も持つ兼業農家。
土と本が両輪となった環境が彼女の成長を支えました。
彼女は小さなころから女子教育に携わりたいと考え、両親もキニュアのその夢を応援してくれました。
しかし受け持った9年生のクラスの生徒たちは引っ込み思案で口数は少なく、人と目を合わせることもできないことにキニュアは気が付きました。
生徒たちは発言を求めるだけでも震えあがり、答えてくれたとしてもぽつぽつと話すだけだったのです。教師という仕事は忍耐力が必要なのだ感じたとキニュアは当時を振り返ります。
リーダーシップはキサルニ高校の校訓です。学校のDNAの一つなのです。
キニュアは、自信を持っている上、際立った雰囲気を放ち、コミュニティをけん引する役割を担ってくれそうな上級生の女子たちが校内にいることに気がつきました。
「ここの生徒たちは自分を表現したり、感じたことを声に出すことは教えられていないの。これは自信を築く旅になるわ。だから私と一緒に立ち上がって欲しいの。彼女たちを鍛え上げましょう!」
教師として働く最初の1年は自己のスタイルを確立することが求められます。
生徒たちとの関わりを方や、生徒たちのやる気を起こさせるためにどうすれば良いか、その方法を模索します。
キニュアは父親から授けてもらった知恵を思い出しました。
父は常に周りを見ては気を掛け、助けが必要な生徒に手を差し伸べられるようにしていました。困っている生徒を見つけては、彼らの学校生活を応援していたのです。
父親の言葉でキニュアは前を見失わずにいられたのです。
「父は私に言いました。私たちはみんな、人がどう生きているかによってその人を判断するものなんだ。どのような行動をとったか、どのような振る舞いをしたかによって、その人が持つ印象は変わるのだ。」
父の言葉を考えながら、どのようにしたら9年生達が自信を築けるのかを探るべく、自分が経験したひとつひとつを振り返りました。
キニュアは高校時代、演劇部に所属していました。舞台に立つことでクラスの仲間だけでなく自分自身も成長出来たことを思い出しました。
演劇は責任と意欲が要求されます。しかし舞台が成功すると大きな自信につながります。
キニュアは生徒たちも同じ経験をすることで成長につながるのではと考えました。
それに演劇活動を学校で実践することは、キニュアが教師としての1年目を試すチャンスにもなるからです。
キニュアは校長を説得し、プログラムを考案し、劇をキャストしなければなりません。
そして引っ込み思案で口数の少ない生徒たちを舞台に立たせ演じてもらわなければなりません。
第二幕:演じる
赴任してすぐの数日、キニュアはキサルニ高校の校長と面会しました。
ケニア中の高校が参加できる全国演劇大会は、わずか数週間後にあります。
彼女は演劇こそが生徒たちの自信に繋がり急成長させてくれると校長に説明をしました。
キニュアはいち早く大会の申し込みをしたかったのです。
その訴えが聞き入れられ、演劇活動は新しい課外活動として認められました。
「女子生徒たちの反応と言ったら予想外のものでした。彼女たちは喜んだ面持ちでオーディションの列に並んでいました。」
キニュアはそう振り返ります。列
に並んでいた多くは彼女の受け持つ9年生の生徒たちでしたが、上級生の生徒たちも列に並び、舞台に立ちたいと意気込んでいました。
台本を見ると生徒たちの意気込みはどこかに消えてしまいました。キニュアが決めた演劇の台本は50ページにも渡り、難しい英語の対話が散りばめられ、複雑なシーンで構成されていました。
一人芝居、手作りによる衣装制作、振付け含まれた演出など、生徒たちが経験したことのない大仕事が待ち構えていました。
生徒たちだけでなく、新米教師のキニュアも不安と緊張で押しつぶされそうになってしまいした。オーディションを受けた生徒たちは一度も演劇を観たことがなかったのです。
これは無謀な挑戦なのではとキニュアは弱気になりました。
生徒たちが舞台上でフリーズして止まったり、台詞を忘れてしまう可能性は大いにありました。
キニュアには混沌とした思いがありましたが、学校はアートを生む空間に変容していったのです。彼女は22名のキャストを選びました。
選ばれたキャストたちは教室を出たり入ったりと忙しく立ち回り、台本の台詞を頭に叩きこみました。学校が始まる前、ランチの後、下校のベルが鳴った後、授業や討論グループ、スポーツやクラブ活動の合間を縫いながら、駆け出しの俳優さながらの生徒たちが台詞読みの練習に励みました。
生徒たちの手により、食堂は間に合わせの観客席に変身しました。
キニュアはリハーサルを「進化するプロセス」と呼びます。
大会が近づいてくると、生徒たちが役に打ち込んで練習する光景が見られ、それはまさに彼女たちが成長し続けている証でした。
大会は段階を経て勝ち進む形式です。
小地区にある地元校から始まり、大きな地区、そしてナロク郡のグループを経て、全地区、全国大会と続きます。
公演初日、生徒たちは慣れ親しんだ学校を離れた場所で初めて演じます。
まぶしく光る舞台の上で、彼女たちは無事演じきれるでしょうか?
第三幕:公演初日
キャストの生徒たちが経験したことと言えば、リハーサルを行い、台詞読み、立ち回りを練習し、在校生向けの校内発表会で演じたのみです。
300人の観衆を前にして演じる準備など全くしてこなかったのです。
舞台に上がる直前、キニュアはキャストたちを集めました。これまでみんなで歩んできた道のりを振り返りながら生徒たちに話しました。
上級生のこと、9年生が歩んできた道のり、若者が持つ声には力強さが備わっていることを。キニュアはキャストたちにこう言いました。
「こんなに才能に満ち溢れた人たちを見たことはないわ。先生はあなたたちを信じてる。ベストを尽くすのよ。行ってらっしゃい!」カーテンの間から観客の声が聴こえてきます。
観客席の最前列がキニュアの席です。
生徒たちが演技をしている間、キニュアは座席にじっとはしていられず、生徒たちの演技と共に体を動かさずにはいられませんでした。
生徒たちの演技は流れるように進み、台詞忘れもなく、ノーミスで演じきったのです。
才能に満ち溢れ、プロ顔負けの演技だとささやく声がキニュアの周りから聴こえました。
「もうこの前までのあの子たちではない。」とキニュアは思いました。
演技を終えたとき、生徒たちは大きな拍手とスポットライトの光に囲まれながら、満足した面持ちで観客にお辞儀をしました。
嬉しさのあまり生徒たちははちきれんばかりの笑顔を見せました。
「リハーサルのときよりも良い演技をしたわ。」とキニュアは振り返りました。
生徒たちは観客席に座り、他の学校の生徒たちの演技を見ました。
一度も劇場に足を踏み入れたことのない彼女たちにとって、観客席から見る舞台はまるで小説に出てくるお話しの世界でした。観客席から舞台を鑑賞し、そのスリルと興奮に満ち溢れた空間を楽しんだのです。
発表の時が来ました。放送が流れると生徒たちは手を取り合いました。
これまでの努力と数週間前に誓った意志はこの瞬間にかかっているのです。
「みなさん、発表いたします。勝利をおさめたのはキサルニ高校のみなさんです!」
一気に驚きと感動がやってきました。
生徒たちは嬉しさのあまり歌い踊りました。お互いを褒めたたえながら、喜びの涙とともに抱き合いました。
その勝利はキニュアにとって予想しなかったものでした。
しかしこの経験により、学校だけが学びの場だけではないという自分の考えを再認識するものになりました。
しかし、彼女たちの学校生活がどう変化するか、次の晴れ舞台でどう生かされるのか、これからのことはまだ知る由もありませんでした。
第四幕:キサルニ高校が表舞台に
勝利を得てから数日経った日、郡の大会に進みます。観客は500人、厳しい闘いになります。
そこで待ち受けているライバルたちは優れた英語力を持ち、プロの演劇作品で目を肥し、映画館で映画を見ることで、演劇の力をつけてきた生徒たちです。しかしそんなことはお構いありません。どんなにハードルが高くても、情熱があれば乗り越えられるのがキサルニ高校の生徒たちです。
勝利の女神は再び彼女たちに微笑みました。
郡大会で勝利をおさめたキサルニ高校の生徒たち。
次に向かうは数百キロも離れたところにあるケニアで4番目に大きな街、ナカルという場所です。自分たちの高校から遠く離れたその土地で、生徒たちは地元1,000人の観客を前に舞台を演じなければなりません。
キサルニ高校の生徒たちは、一度も足を踏み入れたことのないほどの大きさを持つ講堂で、長年にわたって演劇プログラムを磨いてきた学校の生徒たちと対決しました。
勝利の女神が再び微笑むことはありませんでした。しかし生徒たちにとって、そしてキニュアにとっても勝ち負けはもう関係ありませんでした。
生徒たちの成長に優るものは何もありませんでした。
教室の中で一言発するのがやっとだった生徒がいました。
しかし今では人前で話すのはもちろんのこと、アドバイスを与えるまでに成長しました。彼女はその秘訣をこう言います。「自分を信じること」
キャストたちを乗せたバスがキサルニ高校に入ると、初めての大舞台からトロフィーを手にし喜びの顔を見せるキャストたちを在校生たちは車道で挨拶し出迎えました。
キャストの生徒たちは自分たちの高校に帰る道中、バスの中で1時間ずっと歌い続けました。
今はクラスメートの声も歌に加わりました。
待ち焦がれていた在校生たちは、キャストの生徒たちを食堂に案内し、大会はどうだったのか思い出して教えて欲しいと頼みました。
1人の女子生徒が自信に満ち溢れた姿で立ち上がり、周りを見渡しました。
その彼女はかつて教室の中で一言発するのがやっとだった生徒でした。
しかし今では人前で話すのはもちろんのこと、アドバイスを与えるまでに成長しました。
彼女はその秘訣を皆に教えてくれました。
「自分を信じること」この瞬間、演劇が持つ力をキニュアは目の当たりにしたのです。
後日、生徒たちは次の舞台オーディションはいつかとキニュアの足を止めては尋ねるようになりました。
自分で書いた詩を授業に持ち込み、皆で一緒に読みたいという熱心な生徒まで現れました。
時に変化することは時間を要します。何年も費やすこともあるのです。
しかし、変化の瞬間は突然訪れます。キニュアはとにかくやってみようと演劇指導を始めました。今、彼女の教え子たちは自信を持って話せるようになったと自身の成長を感じています。
学校のみんなも、堂々と舞台に立つ彼女たちを誇らしく思っています。
(原文記事執筆: ジェシー・ミンツ 翻訳:翻訳チーム 高橋まり 文責:清田健介)