貧困の悪循環の証明

カナダのクレイグとマークのコラムの紹介です。

日本でも子どもの貧困問題を抱えていますので、とても参考になる記事だと思います。

http://www.huffingtonpost.ca/craig-and-marc-kielburger/poverty-inherited_b_7663842.html

この物語は、二人の主人公の誕生から始まります。赤ん坊として生を受けた二人の境遇はほぼ同じでした。二人とも「人生」という名の可能性に満ち溢れたスタートラインに立っていたのです。こうして始まった物語は、この二人の赤ん坊が大人になる姿を描いて結末を迎えます。一人の赤ん坊はタキシードを着ながらパーティーに出て、シャンパンを嗜む男性になりました。そんなパーティーである女性がウエイトレスとしてかきを運んでいました。その女性は、実はこの物語の最初に誕生した、もう一人の主人公だったのです。

今紹介した物語は、五月にニュージランドの漫画家がネット上に公開して話題となった作品です。この物語は、リチャードとポーラという架空の登場人物の人生を描いています。リチャードは裕福な環境に生まれましたが、ポーラの生まれた環境は、経済的余裕があるとは言い難い家庭でした。

この二人の人生を追っていくことで、読者の私たちは、親の経済状況が子どもに与える影響を学ぶことができます。例えば、リチャードは子どもの頃、広くてきれいな家で暮らしていました。また、リチャードの両親には、子どもと過ごすための充分な時間がありました。ポーラの家は狭く窮屈でした。また、ポーラの両親は二人とも二つの仕事を掛け持ちしながら働かなければなりませんでした。リチャードの通った学校は財政的に余裕があるところでした。クラスの規模も小さく、教師たちも精神的余裕を持って生徒を指導できる環境でした。ポーラの学校はというと、財政的な余裕は明らかにありませんでした。クラスの人数は多く、教師たちも残業を抱えながら生徒指導に当たっていました。物語を読み進めれば、この主人公達は二人とも頑張って生きてきたのに、リチャードは企業の重役となった一方で、なぜポーラがウエイトレスとして働いていたのかがすぐにピンとくると思います。この作品は、良い面も悪い面も含めて、経済格差が引き継がれていく過程を分かりやすく描いています。そして、この状況を変えるために何かしなければいけないということを教えてくれています。

一方、現実の世界でも、貧困家庭か、裕福な家庭に生まれるかの違いは、脳の発達も含めて人生のあらゆる部分に影響を与えることが、研究などによって証明されてきました。

開発途上国での、絶対的貧困が深刻な問題になっていることが世の中で知られるようになってもう久しいのではないかと思います。例えば、深刻な栄養失調が原因で子どもの発育の遅れなどの問題が発生していることは、今更疑いようのない事実といえるでしょう。しかし、最新の研究によると、カナダの都市部でも見られるような、「小さな貧困」も、人間の発達に大きな影響を与えることが分かってきたそうです。

アメリカで行われたこの研究には、三歳から二十歳までの、千人以上の様々な経済的及び社会的な背景を持った人が参加しました。彼らを対象に、IQテストや技能試験、DNA鑑定やMRIの脳スキャンが行われました。その研究結果は驚くべきものでした。

低所得層の家庭に生まれた子どもや青少年(親の教育レベルは社会全体から相対的に見ると低い)は、脳の発達が必ずしも上手くいかない確率が、中~高所得の家庭に生まれた子どもや青少年(親の教育レベルは比較的良い)に比べて高いことが分かったのです。興味深いことに、高所得層の人と、平均的な所得で育った人を比べると、脳の発達にそれほど大きい違いはありませんでした。ですから、遺産や資産がたくさんある家に生まれれば良い脳を絶対に手に入れられるなんていうことはないでしょう。でも、使える遺産や資産が比較的少ない家庭に生まれると、問題を抱えたり、不利な状況に置かれる可能性は間違い無く高くなります。

私たちは、ハーバード大学から去年発表された研究結果にも興味をそそられました。その報告によると、貧困によってもたらされる様々なストレス(生活する場の人口密度の高さ、騒音、充分とはいえない住宅環境、家族の一部、あるいは家族全員から離れ離れになった生活、家族や周囲から受ける暴力 など)は、神経毒が生まれるきっかけとなり、脳の発達に悪影響がもたらされるというのです。

このような報告に触れると、カナダが先住民の人々に対して行った政策がいかに酷いものだったのかをどうしても考えてしまいます。先住民の子どもたちや若者に対し、カナダ人(植民地時代にカナダを支配していた西洋人)になるための教育を無理矢理行い、百年近くにわたり、多くの人が貧困に苦しまざるを得なかった状況を作ってしまったことに対する総括を、カナダは永遠にできないかもしれないと思うこともあります。この国では、先住民の人々がポーラになり、非先住民の人がリチャードになっています。カナダ人の三分の二もの人々が、先住民が抱える問題の責任は先住民自身にあると考えているのですから..そんな人たちが、最近運動を盛んに行っている先住民の人々に関するニュースを見たら、これまでの考え方を見直したいと思うかもしれませんけどね..

子どもの貧困は、カナダ中に広がっています。130万人のカナダの子どもたちが、貧困線以下で暮らしています。1989年、連邦政府は2000年までに子どもの貧困をカナダから無くすことを目指して政策を制定しましたが、貧困に苦しむ子どもの数は減るどころか増加しています。フードバンクを利用しているカナダの子どもの数で、6000台以上のスクールバスの席が埋まります。これでこの問題の深刻さが目に見えて分かるのではないかと思います。手を打たなければ、この子どもたちは貧困から抜け出せず、その貧困を次の世代へと受け継がせてしまう可能性が高くなるでしょう。

子どもの貧困に取り組むことは、長い目で見れば次世代への負担軽減にもなります。貧困の連鎖を止めることができれば、次の世代が貧困対策に予算を費やす必要も無くなります。

私たちは、ポーラのような一生懸命な子どもたちに世界中で出会ってきました。彼らはみんな、子ども時代の状況を少しでも変えれば、企業の重役だって立派にやれる子たちばかりなのです。

参考リンク

http://thewireless.co.nz/articles/the-pencilsword-on-a-plate

http://news.sciencemag.org/brain-behavior/2015/03/poverty-may-affect-growth-children-s-brains

http://developingchild.harvard.edu/index.php/resources/reports_and_working_papers/working_papers/wp3/

http://www.theglobeandmail.com/news/national/canadians-attitudes-hardening-on-aboriginal-issues-new-poll/article7408516/

http://globalnews.ca/news/1685376/25-years-since-canada-vowed-to-end-child-poverty-where-are-we-now/

(訳者コメント)
※日本でも、子どもの貧困は深刻な問題です。厚生労働省の調査では、300万人あまりの子どもたちが貧困状態にあることが明らかになっています。
http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/216016.html

日本では、法律の施行も含めて、子どもの貧困に取り組みだしたのはつい最近なので、今始まった取り組みを見守っていく(あるいは参加する)必要があると思います。
http://www.asahi.com/articles/ASH6K52CPH6KUTIL026.html

また、生活保護受給者に対する偏見が、日本の社会の問題であると指摘する声もあります。

http://blogos.com/article/108171/

日本にもリチャードとポーラは存在しているのではないかと、私個人は考えていますが、みなさんの考えはどうでしょうか?

(翻訳:翻訳チーム 清田健介)