刑務所の中でゆれるゆりかご:塀の中で暮らす母親たち
クレイグとマークのコラムの紹介です。
https://www.we.org/we-schools/columns/global-voices/cradles-prison-cells-mothers-behind-bars/
ラジオの雑音や、受刑者たちの話し声が響く刑務所内。そ
んな刑務所の大広間から、びっくりするような「音」が聞こえ
てきました。
大広間から聞こえてきたのは、赤ちゃんの泣き声、赤ちゃん
をあやす母親たちの声、硬い椅子がキーキーと鳴り響いて
いる音、クレヨンで何かを描いている音、絵本の読み聞かせ
をしている声でした。
ここは、バンクーバーにある「Alouette Correctional 女性
刑務所」です。この刑務所には、保育園が併設されてい
ます。この刑務所は、刑務所で服役中の母親たちが、乳
幼児の子どもたちと一緒に暮らすことができる、カナダ
でも数少ないタイプの刑務所です。
「数少ない」という表現を使いましたが、厳密に言うと、州が
運営する刑務所で、子どもと母親が暮らせる刑務所は、こ
のLouette Correctional 女性刑務所だけです。州によって運
営されている女性刑務所はカナダに18カ所あり、6千人の女
性受刑者が現在服役しています。そのような現状の中、子ど
もと暮らせる刑務所は一か所なのです。(カナダには、他に連
邦政府が運営する刑務所があり、その中には、子どもと母親
が暮らせる刑務所もありますが、大半の受刑者は、州が運営
する刑務所に服役しています。) 専門家の試算によれば、 母
親が刑務所に収監されるため、母親と離れ離れにならなけれ
ばならないカナダの子どもたちは、毎年2万人ほどいるとされ
ています。
「私たちは、このような状況下の女性に対し、一方的な判断
や決めつけをしてしまいがちです。『受刑者なのだから悪い
人間に違いない。母親としても悪い親だっただろうし、受刑
者の子どもたちも、同じように罰せられるべきだ』というよう
に..」 こう語るのは、元刑務所勤務医で、現在はブリティッ
シュコロンビア大学を拠点に、受刑者の健康や教育の改善
に取り組んでいる、ルース・エルウッド・マーティン博士です。
「受刑者の子どもが刑務所で生活するなんて話聞いたこと
ないよ。そんな話は、噂で使われるようなガセネタだったり
とか、B級のコメディー映画に出てくるような作り話でしょ?
」読者のみなさんの中には、そんな風に思われている方も
いるかと思います。しかし、カナダや、イギリス、ドイツなど
を含む世界90カ国では、刑務所内で子どもを育てることが、
法律で認められているのです。(具体的な制度や規定などは、
各国でそれぞれ異なっていますが) 受刑者が刑務所内で育児
ができるようになるためには、厳しい審査をその過程で行い、そ
の受刑者による子育てで、子どもが危険にさらされる可能性は
ないこと、子育てをすることが受刑者の更生にも寄与するもの
であるということを証明することが求められます。そのような審
査を経て、刑務所内での子育てが認められるのです。
Louette刑務所では、母親の受刑者たちは、刑務官らによ
る見守りや指導の下で、子育てを行っています。受刑者た
ちは、子育ての講習や、万が一に備えて応急処置の方法
を学ぶ講習、赤ちゃんへの対応の仕方などを学ぶ講習を
受けます。子どもたちが幼稚園などに通い出す四歳の年
齢になると、刑務所で暮らす母親たちの元を離れて、子ど
もたちは刑務所外で生活することになっています。刑務所
には母親と面会するために定期的に訪問する程度です。
医学的な研究では、服役中の母親の下で暮らすことが、乳
児の健康のためにも良いことであるということが明らかにな
っています。母親と共に過ごすことで、感受性や社会性が育
ち、不安障害やうつ病などに苦しむリスクが減少し、乳児の
良好な発育につながります。
子どもたちと暮らすことは、母親たちに生きがいを与え、リ
ハビリにもなります。子どもたちと過ごすことが、更生を促
し、再犯率の減少にもつながることが分かっています。
マーティン博士は、親子で時間を過ごすことは、受刑者が
社会に対して持っているトラウマや、家族との関係で負っ
た傷などを癒す効果もあると指摘します。しかし、大半の
刑務所では、母親である受刑者が子どもと暮らせる体制
が整っておらず、受刑者と子どもたちが親子として時間を
過ごす機会が奪われています。
現在のカナダの刑務所のシステムに批判的な立場の人た
ちからは、「カナダの刑務所は、かつて行われていた先住
民の隔離政策を、再び行っている場になっている」という指
摘が出ています。先住民の多くの女性たちが、刑務所に収
監されて家族と引き裂かれているという批判です。この批判
の背景には、2001年時と比べて、刑務所に収監される女性
の数が、倍以上に増えているという実態があります。
受刑者となる先住民の女性たちの家族は、かつて行われ
ていた同化政策によるトラウマや傷を抱えている場合も多く、
そのような家庭の状況が、受刑者の生い立ちに影響を与えて
いることも少なくありません。このような事情もあり、先住民の
受刑者の家族全体に対して支援を行っている刑務所もあります。
「ここまで先住民の女性受刑者が多いのは、この国にと
っての悲劇と言っても過言ではないでしょう。この受刑者
たちの多くは、トラウマや薬物依存症に苦しんできた被害
者でもあるのです。今こそ、この負の連鎖を断ち切るため
に動くべきなのです(マーティン博士)」
マーティン博士は、塀の中にいる母親と、その子どもたちの
ための権利擁護の活動を、20年行っています。全てのカナ
ダの刑務所で、母親である受刑者と子どもたちが暮らせる
ようになるための体制を整備することを求める運動を続けています。
母の日を控えた今、私たちも、マーティン博士の訴えに賛
同の意を示したいと思います。刑務所は、受刑者たちの更
生を支援する施設です。受刑者たちを罰する場ではありま
せん。ましてや、刑務所という場が、カナダで最も弱い立場
の人たちやその家族を罰する場になるということは、あって
はならないことです。
マーティン博士は、引き裂かれた親子の負う傷は、決して
癒えることはないと指摘します。「一度母親と引き裂かれ
た赤ちゃんが、それ以前の状態に戻るということは、不可
能なのです」
参考リンク
Louette Correctional 女性刑務所を紹介する記事(英語)
刑務所内での子育てが、母親の受刑者の更生につながっ
ていると報じるアメリカのテレビ番組(英語)
http://abcnews.go.com/US/babies-born-raised-bars-mothers-returning-prison/story?id=22413184
専門家が解説する日本の受刑者となっている母親とその
子どもをめぐる現状。今回のコラムでは、カナダにおける
刑務所内での子育てに対する支援がなかなか普及して
いないという問題が指摘されていたが、日本においては、
法令では刑務所内での子育ては認められているものの、
実質的にはその法令を具体化した支援がまだ整備されて
いないのが現状のようである。
http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/700/248082.html
専門家が指摘する、受刑者となっている母親が子どもと共
に親子として過ごすことで、親子に出てくる前向きな影響
http://www.nhk.or.jp/hearttv-blog/700/247827.html
「カナダの刑務所は、かつて行われていた先住民の隔離政
策を、再び行っている場になっている」という指摘(英語)
http://www.macleans.ca/news/canada/canadas-prisons-are-the-new-residential-schools/
※今回のコラムでは、カナダの刑務所の制度が、現在の先
住民の隔離政策になっているという議論を紹介しているが、
カナダの隣国であるアメリカにおいても、「刑務所は、かつて
アメリカで行われていた人種隔離を、現在でも行う場になっ
ているのではないか」という議論を行っている専門家もいる。
アメリカとカナダは状況が異なる部分もあるが、アメリカの刑
務所の制度の問題を、人種差別という観点から指摘している
専門家へのインタビュー動画が日本語でも訳されているので
紹介したい。国は違えど、今回コラムで指摘されていることと
重なる部分もあるので、今回の内容や議論について関心を持った
方、日本語でもっと知りたいという方は、ぜひこちらも参考資料の
一つにして頂ければ!(清田)
http://democracynow.jp/video/20150304-2